遠く去りゆく昭和を追って、香ばしいスポットをスーパーカブ110でノロノロ旅する「昭和レトロ紀行」。長らく続いた東松山編もようやく最終回! 昭和の戦中を疑似体験し、平和を祈るミュージアムで旅を締め括ったのだ。無料のわりに何やら色々盛り沢山で……。空襲体験の動画もアリ!

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「ホワァ~~~ン、フワァ~~ン」 我々埼玉県民の血税で運営

ポンポン山を離れて南下し、帰路へ。その道中で立ち寄ったのが「埼玉ピースミュージアム」 (埼玉県平和資料館)だ。この施設は、埼玉県民に戦争の悲惨さを伝え、平和をアピールするのが目的という。

吉見百穴もそうだったけど、軍事施設のある埼玉県北部は太平洋戦争の空襲で大きな被害を受けた。戦争の爪痕を残す施設が意外と多く、今回のツーリングでもどこか立ち寄ろうと考えていたのだけど、この埼玉ピースミュージアムなら網羅的な情報が得られると思ったのだ。

↑主要ルートから離れ、山の中に立地している「埼玉ピースミュージアム」 (埼玉県平和資料館)。入場無料。■埼玉県東松山市岩殿241-11 https://www.saitama-peacemuseum.com/ ※修繕工事のため、2026年8月末から長期休館しており、同9月12日現在も休館中。

↑こちらはHPより引用。山の中に広大な施設があり、中央のタワーは展望台だ。開館は1993年。

↑この日は「昭和の暮らし展」が開催。まさに、この連載のためにあるような企画だ。

 

広大な駐車場から丘を登った先にミュージアムがあった。銀色を基調にした、クリーンな印象だ。

なんと言っても無料なのがいい。受付の人に、どこが運営しているのか訊ねてみると「埼玉県です」との回答。私は埼玉県民なので、我々の血税で賄われているのだ。ぜひ堂々と見学したい笑。

入ってみると広い空間が広がっており、終始「ホワァ~~~ン、フワァ~~ン」という何やらピースフルな音楽が流れている。

↑天井が高い! 大きな世界地図が壁面に描かれている。

 

広い。やたらと広い。ゆるやかにカーブした広い空間の左手に様々な展示室があり、映画コーナー、展望室などもある。私がまず向かったのが展望室。エレベーターで12階まで上がってみて驚いた。

↑高さは約40m。展望室からはまさに大パノラマが広がっていた!

 

今日は平日なので全く人気(ひとけ)がないだろうなぁと思っていたら、まばらながら来場者がいる。意外と若い人の率も高い。展望室にも若い女性が二人で来ており、ヒジョーににぎやかだった。

トイレも「平和」!? 戦前→戦中でシシャモがなくなり、すいとんオンリーに

さらに館内をウロウロ。「ホワァ~~~ン、フワァ~~ン」が相変わらず流れている。

↑「トイレの平和」。この施設で一番笑ったのはコレかも。

 

やっぱり広い。入口の方に戻って、本丸の展示コーナーへ向かった。円筒状の穴が空いており、「タイムトンネル」らしい。

↑おそらく不思議空間を表現したと思われる「タイムトンネル」。「現代から昭和初期へタイムスリップします」「逆走禁止」の注意書きが! 逆走すると未来へ行ける……のかもしれない。

 

タイムスリップすると、昭和初期の住宅が展示されていた。大正末期に建てられた浦和市(当時の浦和町)の町営住宅を再現している。

↑六畳間にちゃぶ台、裸電球。まさに旧き良き昭和だ。

↑食事のイメージ。シシャモ(?)と煮物、漬物がおかずで、ご飯&味噌汁も完備。おそらく3人家族なのだろう。

 

その近くには「戦時下の住宅」が。戦争の影が濃くなってくると、爆風でガラスが飛び散るのを防ぐため窓ガラスに障子紙を張ったり、夜間に明かりが漏れて敵機の目標にならないよう電灯にカバーが付けられた。

食生活にも変化があり、物資不足から小麦粉だけを原料にした“すいとん”が日常的に食されるようになったという。

↑コチラは戦時下の住宅。間違い探しのようだが、裸電球にカバーがあり、カレンダーが軍国主義の「職域奉公」に変化。

↑食事もさみしくなり、すいとんと漬物のみに。

【動画】 空襲! 小学校から防空壕への避難を疑似体験してみた

続いて、体験コーナーへ。戦時下の1944年(昭和19年)夏、ある日の小学校教室を再現しているらしい。

↑戦時下の国民学校(小学校)を再現。木造の教室と机&椅子が並んでいる。体験コーナーの所要時間は約15分。

↑壁には軍国主義な習字が。

 

朝のシーンから始まり、小鳥の声、ラジオ体操の音声が聞こえてくる。しばらくするとスクリーンが降りてきて「戦時下の授業」再現映像が始まった。

授業では「國民皆兵」を教えるセンセイ、模範的な回答をする小学生が登場。約7分後、空襲警報のサイレンが! そしてドーン、ヒュー、ゴーというB29の爆音、機銃掃射音、焼夷弾の落下音、爆発音などなどが盛大に鳴り響く。

詳しくはコチラの動画を見ていただきたい。

 

私のほかに、途中まで若い女性2人組がいたけど、飽きたのか途中でいなくなった笑。センセイの指示で、私も教室から避難し、防空壕へ。

↑土嚢で固められた防空壕。半地下になっており、中に入れる。赤いライトと爆音で空襲を再現していた。

 

爆音が鳴り響く中、防空壕の狭い空間でじっと座っていると、わずかながらも空襲を体感できた気がする(あくまでわずかだが……)。当たり前だけど、確かにこれは恐ろしい。

さらに見学は続く。展示スペースには焼夷弾や風船爆弾の模型、当時の資料などが並ぶ。太平洋戦争に至るまでの社会情勢も解説され、勉強になる。

↑焼夷弾(デカい)や風船爆弾の模型。焼夷弾の中には小型爆弾が詰まっており、着火した薬剤が飛び散る仕組み。

↑埼玉の軍事施設と軍需工場。東京の隣だけに軍事施設は多く、特に軍の学校や飛行場が多かったそうだ。

↑埼玉県下の戦災。特に熊谷など北部で大きな被害があり、爆撃による死者数は北部だけで237人にのぼった。

 

上階にも展示室やマルチライブラリーがある。図書資料をはじめ、ビデオ観賞、戦争体験者証言者ビデオなどが利用可能だ。

↑戦前の木製冷蔵庫、ミシン、自転車などを展示。

↑戦時中の物品の数々。下の引き出しの中にも陶製の手りゅう弾やスケッチなど様々な展示物が。

丹下桜が出演、なんと独自制作のアニメ映画を観賞できる

最後に向かったのが映画。講堂で毎日、同館オリジナルアニメーション映画を上映しているという。

↑公開されていたのは『最後の空襲くまがや』『青い目の人形物語』の二つ。

 

二つとも埼玉ピースミュージアムが企画&制作したというから本気度がスゴイ。ともに30分程度の長さで、かなりの予算がかかったハズだ。

私が見たのは『青い目の人形物語』。終戦50年を迎えた1995年を機に記念事業として制作されたという。1996年から公開され、上映時間は約35分。ここでしか観賞できないようだ。

↑オリジナルアニメ『青い目の人形物語』。HPより引用。https://www.saitama-peacemuseum.com/

 

映画の途中から席に座った。やはりここにもチラホラと人がいる。映画の出来は正直ナメていたのだけど、しっかりした造りだ。まず主人公の和寺千夏役を、大ブレイク前の丹下桜が演じているのがポイントが高い笑。作画も'90年代風ながら、決して悪くない。

物語は実話がベースだ。1927年(昭和2年)、アメリカから日本の学校や幼稚園に友情の人形として贈られた「青い目の人形=ワーテラ」をめぐるストーリー。軍国主義一色となった1943年(昭和18年)、学校の職員会議で「ワーテラを壊す」と決定したが、それに反対する生徒や、先生の葛藤が描かれる。やがて、憲兵に人形が見つかってしまうが……。

いや、なかなかよかった。ただ、もう一本を見るほどの気力はなく、講堂を出た。

なぜこの施設に? ナウでヤングな女性に訊いてみた

この内容で無料なのは、実に太っ腹である。一方で、我々埼玉県民の血税がどれだけ投入されているのか、と空恐ろしくもなる笑。

それにしても、ずっと気になっていたのが「ホワァ~~~ン、フワァ~~ン」……ではなく、若い女性が多いことだ。そこで、映画を観ていた、後ろ毛が金髪のナウでヤングな女性に思い切って話かけてみた。自分の身分と事情を説明すると、快くインタビューに応じてくれた。

御年は20代中頃。お住まいはクルマですぐのご近所という。では頻繁に訪れているのかと訊ねると「学童の遠足か何かで1回来たことはあるけど、10年以上前です。ふと思いついて、そういえばあったなぁというカンジで来ました」と話す。

何かキッカケが?
「なんか元から歴史好きだったので。城跡とかもちょっと行くんですけど。そういえば昔行ったなぁと思い出して来ました」

今日改めて見学した感想は?
「しっかり資料が残ってるんだなぁと思いました。子供の頃、連れて行ってもらった時に資料室で戦争の漫画を読んだ記憶があるんですが、その隣に資料があんなに残ってることに驚きました。
子供の頃って戦争に興味ないじゃないですか。今日一人だから、ゆっくり見て回ろうと思いました」

展示物や文章を読んでいたら、既に2~3時間経っていたという。

「読める限り読もうとしちゃうので。昔の巻物とかも読めるかなって読んじゃって。地名かな人かなとか笑。けっこう時間が経っていてびっくりしてます」

今日はさらにどこか色々まわるのか訊ねると「映画が始まるからちょっとなぁなぁにした所をもう一回まわろうと思ってます」とのこと。丁重にお礼を行って別れた。

若い女性が多い理由を訊き忘れた笑。後から考えてみると、近くに大学のキャンパスがあり、その学生が立ち寄っているのではないか、と推測したが、真相はわからない。

この先もダラダラツーリングするために

その後、私はすぐ施設を出たのだが、すぐ先程の女性も出てきた。アレ? もう少し見学するのでは? 当方はあやしいオジサンだけに色々警戒されたのかもしれない。

ちょっとだけ傷心のオジサン(笑)も、もはや思い残すことはない。さぁ帰路につこう。スーパーカブ110で走りながら考える。それにしても……こんなのどかな場所も80年ほど前は戦争のさなかにあったのだ。どれほど複雑で激しい思いを戦時中の人たちは味わったのか。だが、決してセンソーは過去のものではない。何やら首の後ろ辺りが落ち着かなくなってくる。

こんなフザけたツーリングができるのも平和だからこそ。吉見百穴がつくられた古墳時代から、いつの世も庶民は平和を望んでいたに違いない。この先、年老いてもこんなツーリングをずっとしていたいものだ。何やら半年以上旅していた気分だが、東松山の思い出を噛みしめながら私はカブを走らせていた。【終】

【おまけ 今回の燃費】 リッター52.7km、ガソリン代は500円以下

愛機スーパーカブ110(JA44)、今回の走行距離は159.2km。給油したのは帰りの1回のみで、消費したガソリン(レギュラー)は3.02L。リッターあたりの燃費は52.7kmだった。JA44としては平均~やや悪いといったところか。なお、ガソリン代はたったの500円足らずだった。2日遊んで、これしかかからないとは……改めて恐るべしスーパーカブ!

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