バイクのインプレッション記事やバイク乗り同士の会話で出てくるバイク専門用語。よく使われる言葉だけど、イマイチよくわからないんだよね…。「そもそもそれって何がどう凄いの? なんでいいの?」…なんてことは今更聞けないし。そんなキーワードをわかりやすく解説していくこのコーナー。数回にわたって電子制御システムトラクションコントロールシステムを紹介してきたが、今回はその機能の対となる電子制御『モータースリップレギュレーション(MSR)』の話だ。

そもそも『モータースリップレギュレーション(MSR)』とは?

トラクションコントロールシステムが“スロットルを開けた時に起きるスライドを抑制する”機能だとすれば、“スロットルを閉じた時に起きるスライドを抑制する”電子制御システムが『モータースリップレギュレーション(MSR)』である。

ボッシュ系の電子制御システムを搭載するモデルがよく装備している機能で、電子制御スロットルを搭載していることが大前提であり、エンジンブレーキ使用時のバックトルクによるリヤタイヤのスリップが発生すると、バタフライバルブを開けてエンジンの回転数を上げてスリップを抑制するという仕組みになっている。

イメージ的には、ダートトラックなどのオーバル競技で進入スライドを行う際にはスロットル全閉によるバックトルクを使ってスライドを発生させるようなことがある。『モータースリップレギュレーション(MSR)』とは、そんなエンジンのバックトルクで起きる進入スライドの発生を防ぐための機能だ。

“そんな装置、一般道ではいらないよ!?”と思うかもしれないがこれが意外とそうでもないのだ。というのもトラクションコントロールシステムの進化で、幸か不幸かバイクはある程度滑りやすい路面でも結構な速度で前に進むことができるようになってしまった。それゆえにこの『モータースリップレギュレーション(MSR)』が必要になってきたような経緯があるのだ。

モータースリップレギュレーション

ボッシュ製の電子制御システムを採用するKTM。アドベンチャーバイク系やデューク系のモデルには、『モータースリップレギュレーション(MSR)』を標準装備していたり、オプションで追加できるモデルがある。

『モータースリップレギュレーション(MSR)』のここがスゴイ!

スロットル全閉時の“不意”のテールスライド(進入スライド)を防止

…ってことなのだがわかりにくいよね。順を追って説明していこう。スロットルの開け側のリヤタイヤ空転に関しては、電子制御スロットル搭載のトラクションコントロールの登場よって滑りやすい路面でもある程度の駆動力が伝えられて前に進むことができるようになった。

ブレーキングに関してもABSの搭載により、制動距離は長くなるかもしれないが、滑りやすい路面でもいきなりブレーキロックを起こしてスリップ転倒するようなことはなくなった。「スロットルのオン時」と「ブレーキング時」に関しては、電子制御の進化でスリップダウンを防ぐことができるようになったのだ。

2015年のモデルチェンジでトラクションコントロールを初搭載したMT-09トレーサーに乗る谷田貝 洋暁。トラクションコントロールのおかげで、こんな雪道でも“スロットルを開けているぶん”には進むことができるようになった。写真は2015年のモデルチェンジでトラクションコントロールを初搭載したMT-09トレーサー。そんな新採用のトラクションコントロールシステムの効用を試すべく<a href="https://www.tandem-style.com/news/13688/">タンデムスタイルの記事でわざわざ雪の降りそうな地域まで走りに行った</a>。

トラクションコントロールのおかげで、こんな雪道でも“スロットルを開けているぶん”には進むことができるようになった。写真は2015年のモデルチェンジでトラクションコントロールを初搭載したMT-09トレーサー。そんな新採用のトラクションコントロールシステムの効用を試すべくタンデムスタイルの記事でわざわざ雪の降りそうな地域まで走りに行った

 

しかし問題は「スロットルをオフ」にした時だ。ライダーなら誰もがスロットルをオフにするとエンジンブレーキがかかることは体感的に知っているだろう。グリップのいい路面の上なら、シフトダウンなどで少々強いエンジンブレーキがかかると「キュッ!」と短いスキール音がすることもある。

ところが極端に滑りやすい路面の上でスロットルを急閉したり、乱暴なシフトダウンをしたらどうなるだろう? トラクションコントロールの進化によってある程度滑りやすい場所でも進めるようになったのはいいが、そんなところで不用意に強いエンジンブレーキをかけてしまったら?

エンジンブレーキのバックトルクによって後輪にスリップが発生。速度が高かったり、下り坂など状況によっては後輪が大きく流れて進入スライドのような状況に陥る事になる。『モータースリップレギュレーション(MSR)』とはトラクションコントロールシステムの登場である程度滑りやすい路面を走ることができるようになった故に起きる、不意のスリップや進入スライドを防ぐ機能というわけだ。

2015年モデルのMT-09トレーサーに乗る谷田貝 洋暁。雪道など滑りやすい路面を走行中、『モータースリップレギュレーション(MSR)』を搭載しないモデルで、大きなエンジンブレーキを不用意にかけてしまうと意外と簡単にテールスライドが発生する。MT-09トレーサーは2015年モデルでトラクションコントロールは装備することになったが『モータースリップレギュレーション(MSR)』は装備していなかった。ということで雪道での突然の進入スライド……正直、この時は心臓が止まるかと思うくらいびっくりした(笑)。

雪道など滑りやすい路面を走行中、『モータースリップレギュレーション(MSR)』を搭載しないモデルで、大きなエンジンブレーキを不用意にかけてしまうと意外と簡単にテールスライドが発生する。MT-09トレーサーは2015年モデルでトラクションコントロールは装備することになったが『モータースリップレギュレーション(MSR)』は装備していなかった。ということで雪道での突然の進入スライド……正直、この時は心臓が止まるかと思うくらいびっくりした(笑)。

 

ちなみに上の写真は、2015年モデルのMT-09トレーサー(現在のトレーサー9GT ABS)であるが、トラクションコントロールを初搭載しスロットルを開けている分には滑りやすい雪道のような場所でも安定して前に進むことができた。これに気をよくしてちょっと速度を上げ気味……と言っても40km/hも出ていなかったと思うのだが、コーナーの手前で減速しようとスロットルを閉じた瞬間にエンジンブレーキのバックトルクでテールスライドが発生してしまったのだ……。

“しまった”と書いたとおり、全く予想しない完全な不意打ちの進入スライドに頭の中はフル回転。シャーベット状の雪の上で斜めに進むバイクの姿勢を保ちながら思いついたのは、“トラコンが介入するまで少しずつスロットルを開ける”ということだった。

まぁ、刹那によくそんなことを思いついたなと我ながら感心するが、これが結果的に『モータースリップレギュレーション(MSR)』と同じ効果を生んだようで幸い転倒することなくテールスライドを収束させることに成功した。この写真を撮った武田大祐カメラマンによれば、“間違いなく転倒する”と思うような見事なフルカウンタースライドだったらしい。結果的に借り物のバイクを無事返すことができたが、『モータースリップレギュレーション(MSR)』の必要性を肌身で感じた出来事だった。ちなみにヤマハでは2024モデルのXSR900GP、MT-09シリーズからボッシュのMSRと同じ効用のバックスリップレギュレーター(BSR)を搭載することになった。

『モータースリップレギュレーション(MSR)』を搭載したKTMの1290スーパーアドベンチャーシリーズでも、滑りやすいぬかるんだダートを走った時に、モノは試しと勢いよくスロットルを全閉してみたことがあるが、確かに勝手にバタブライバルブが開いてエンジン回転数を上げてバックトルクを発生させないような制御を行うのを感じた。そのフィーリングはというと、同社のトラクションコントロールほど自然な介入ではないものの、“オイオイ! 勝手にスロットルを開けるんじゃないよっ!”と焦るほどでもない感じ。もちろん不用意なテールスライドは起こらず、マシンは直進し続けてくれた。

KTM の1290スーパーアドベンチャーRに乗る谷田貝 洋暁。『モータースリップレギュレーション(MSR)』をオンにしていてもパワースライドそのものは可能だが、スロットルオフによる後輪の振り出しが使えなくなるので、進入スライドを行うにはMSRをカットする必要がある。

KTM の1290スーパーアドベンチャーR。『モータースリップレギュレーション(MSR)』をオンにしていてもパワースライドそのものは可能だが、スロットルオフによる後輪の振り出しが使えなくなるので、進入スライドを行うにはMSRをカットする必要がある。

MT-09 SPに乗る谷田貝 洋暁。ヤマハは2024モデルのXSR900GP、MT-09、MT-09 SP、MT-09 Y-AMTから、バックトルクによるスリップを抑制するバックスリップレギュレーターを採用。

ヤマハは2024モデルのXSR900GP、MT-09、MT-09 SPMT-09 Y-AMTから、バックトルクによる後輪のスリップを抑制するバックスリップレギュレーターを採用。

 

 

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