バイクのインプレッション記事やバイク乗り同士の会話で出てくるバイク専門用語。よく使われる言葉だけど、イマイチよくわからないんだよね…。「そもそもそれって何がどう凄いの? なんでいいの?」…なんてことは今更聞けないし。そんなキーワードをわかりやすく解説していくこのコーナー。今回はエンジン系電子制御システムとして普及が進んでいる『トラクションコントロールシステム』の1回目。その概要から黎明期を見ていこう。

ハーレーダビッドソンのPAN AMERICA1250Specialに乗る筆者

『トラクションコントロールシステム』がその効果を発揮するのは雨天走行時。スリップダウンによる転倒を防いでくれるのでとにかく安心して走ることができる。

そもそも『トラクションコントロールシステム』とは?

以前このコーナーでも紹介したABS(アンチロックブレーキシステム)が“ブレーキのかけすぎによるスリップ転倒”を防ぐ役割の電子制御システムなら、『トラクションコントロールシステム』は“スロットルの開けすぎによるスリップ転倒”を防ぐ電子制御システムで、トラコンと略されたり、単にトラクションコントロールと呼ばれることもある。

ハーレーダビッドソン・パンアメリカ1250スペシャルに乗る筆者

滑りやすい路面でスロットルを開けすぎると後輪が空転しスリップを引き起こす。写真はハーレーダビッドソンのPAN AMERICA1250Specialのトラクションコントロールの制御をOFFにしてスロットルをワイドオープンしてみたところ。空転する後輪が土を巻き上げているのがわかる。

 

例えば、スロットルを開けて加速しようとしたときに路面状況が悪かったり、スロットルを開け過ぎたりするとタイヤのグリップ力を超えた駆動が発生してしまい後輪が空転(スリップ)する。

この後輪のスリップが発生すると当然ながらバイクはちゃんと前に進むことができない。それだけならまだいいのだが、バイクは微妙なバランスをとりながら進んだり曲がったりする乗り物。

スリップが起こると大抵は後輪が左右のどちらかの方向に流れるテールスライドが発生。このテールの流れ具合がライダーの対応できるレベルを超えるとスリップによる転倒、つまりスリップダウンを引き起こす。このテールスライドからのスリップダウンを抑制するための電子制御システムが『トラクションコントロールシステム』というわけだ。

『トラクションコントロールシステム』のここがスゴイ!

スリップを感知してエンジン出力を抑え転倒を防ぐ

状況として想像しやすいのは雨天走行時。ブレーキングと同じで、雨の日はスロットルワークにも気を遣うものだ。それは当然ながら路面が濡れていてスリップを起こしやすいからである。『トラクションコントロールシステム』が効果を発揮する場面は例えば……

トラクションコントロールシステムが役立つのは雨に濡れたマンホールを通過するとき

濡れて滑りやすくなったマンホールや鉄板。

トラクションコントロールシステムが役立つのは濡れた落ち葉の上を通過するとき

ワインディングの路肩にたまる落ち葉が雨で濡れていたり……

トラクションコントロールシステムが役立つのは濡れた白線や交差点に浮いた砂の上を通過するとき

雨に濡れた白線や交差点の中心にある砂溜まり

トラクションコントロールシステムが役立つのは滑りやすい苔むしたような舗装林道を走る時

交通量が少なく苔むしたような舗装道路。

 

……というような路面が滑りやすい状況だ。スロットルの開け具合に十分気をつけているつもりでも、上記のような急激に路面の摩擦抵抗が変わるような状況では、なかなかスロットルワークだけでスリップの発生を防ぐのは難しい。そんな危うい路面状況でも『トラクションコントロールシステム』を搭載したバイクなら、前後の車輪の回る速度差から即座にスリップを検知。スリップが収まるまで“何らかの方法”でエンジン出力を抑えてくれるから、すってんころりんと転倒する確率がものすごく低くなる。

“何らかの方法”でエンジン出力を抑える……なんてまどろっこしい書き方をしたのはひと口に『トラクションコントロールシステム』と言ってもその制御の仕方がいろいろあり、その制御介入フィーリングが千差万別だから。

『トラクションコントロールシステム』は、ABSでも使う車輪速センサーでスリップを検知

現代のバイクが搭載する『トラクションコントロールシステム』の多くは、ABSでも使う前後車輪にある車速センサーでスリップを検知している。

 

特に2000年代の後半にフューエルインジェクションが一般化してからは、『トラクションコントロールシステム』の進化が加速。現在は、電子制御スロットルIMUなどの高度な電子制御デバイスや、それらセンサーから送られてくる膨大なデータをCANバスで処理できるようになったことで、スリップダウンを防ぐための安全装置の域を飛び出て飛躍的に進化している。MotoGPをはじめとするレースの世界では“速く走るための『トラクションコントロールシステム』”、また最近流行りのアドベンチャーバイクの世界では“テールスライドをコントロールするための『トラクションコントロールシステム』”にまで昇華されている。このコーナーでは数回に分けて、『トラクションコントロールシステム』の進化をみていくことにしよう。

①『トラクションコントロールシステム』の黎明期(←この記事)
②転倒を防ぐ安全装置としての『トラクションコントロールシステム』
③電子制御スロットルを得た速く走るための『トラクションコントロールシステム』
④IMUの搭載で『トラクションコントロール』は車体の姿勢も制御する!

『トラクションコントロールシステム』の黎明期 ー点火タイミングのみでの制御ー

二輪車として世界で初めて『トラクションコントロールシステム』を搭載したのは、1997年発売のヤマハのDT230ランツァ。ただこの頃は、ABSのための車輪速センサーも、燃料噴射量を調整するフューエルインジェクションもなかった。『トラクションコントロールシステム』の電子制御でコントロールできるのは点火プラグの火花くらいだった。

DT230ランツァの『トラクションコントロールシステム』は、エンジン回転数の急激な変化により後輪の空転を感知すると、プラグの点火時期を遅らせて駆動力を調整するようになっている。実際、DT230ランツァに試乗したこともあるが『トラクションコントロールシステム』のフィーリングはかなり独特だった。

『トラクションコントロールシステム』の歴史

1997年発売のヤマハのDT230LANZAは、“乗りやすい2ストオフロードモデル”として登場。

 

一般的に2ストロークエンジン車はハイパワーな反面、4ストロークエンジンよりも過渡特性がピーキーで扱いにくい。ひとたびスリップが始まると一気に回転が高まってしまい制御するのが難しいのだ。

DT230ランツァの『トラクションコントロールシステム』は、点火タイミングをコントロールすることでエンジン回転数が一気に回転が高まってしまわないよう制御を行う。おかげでコーナリングでは、余裕を持ってパワースライドのコントロールができるというわけだ。現代のバイクには“転倒を防ぐ安全装置としての『トラクションコントロールシステム』”が搭載されることが多いが、DT230ランツァの『トラクションコントロールシステム』は、よりパワースライド制御をしやすくするためのものだったのだ。

詳しくはヤングマシンのYouTube動画を見て欲しいが(『トラクションコントロールシステム』に関しての解説は4分20秒頃から)、スロットルワークにナーバスになりがちなオフロードセクションのコーナリングにおいて、“気持ちよくスロットルを開け続けられる”ような制御介入を実施。スライドコントロールを気軽に楽しむための『トラクションコントロールシステム』になっているのがわかると思う。

この点火タイミングをコントロールして、エンジンの過渡特性を穏やかにする『トラクションコントロールシステム』は、現代のバイクでもKTMの2ストローク系のオフロードモデルなどに搭載されているほか、スズキのVストローム800DEが搭載する「Gモード」も“エンジンの過渡特性を穏やかにする”という意味ではフィーリングがよく似ている。

 

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