バイクのインプレッション記事やバイク乗り同士の会話で出てくるバイク専門用語。よく使われる言葉だけど、イマイチよくわからないんだよね…。「そもそもそれって何がどう凄いの? なんでいいの?」…なんてことは今更聞けないし。そんなバイク関連のキーワードをわかりやすく解説していくこのコーナー。今回は『LMW(リーニングマルチホイール)』。ヤマハの技術用語だ。

ヤマハ・トリシティ155

ヤマハの『LMW』シリーズであるトリシティ155。前輪が2つあるのが最大の特徴だが、乗り方、操作方法は一般的なスクーターと一緒。

そもそも『LMW』とは?

『LMW』とは、Leaning Multi Wheel(リーニング・マルチ・ホイール)の略で、読み方は“エル・エム・ダブリュー”。その意味を直訳すれば、“傾く(Leaning)”、“複数(Multi)”の“車輪(Wheel)”となる。

『LMW』はヤマハの造語であり、バイクのように車体を傾けて走る複数(3輪以上)の車輪を持つモデルの総称だ。2024年10月現在のラインナップでは、トリシティ125トリシティ155トリシティ300、ナイケンGTの前2輪&後1輪のモデルのみだが、車体を傾けて走る乗り物であればテッセラクトなどの4輪モデルも『LMW』に分類される。

2007年のモーターショーに参考出品されたテッセラクト(TESSERACT)。前後2輪の4輪車だが、車体が傾かないクルマとは違い車体をバンクさせながらバイクのように走る乗り物になっている。

2007年のモーターショーに参考出品されたテッセラクト(TESSERACT)。前後2輪の4輪車だが、車体が傾かないクルマとは違い車体をバンクさせながらバイクのように走る乗り物になっている。

『LMW』が傾くのは、パラレログラムという平行四辺形のパーツに秘密がある。バンク角に合せて、パラレログラムと呼ばれる井桁に組まれたパーツが平行四辺形へと変形することで、車体が傾き左右のタイヤが路面に追従し続けるというわけだ。

『LMW』モデルの車体が傾けられるのは、赤い四角で囲ったパラレログラムという平行四辺形のパーツに秘密がある。バンク角に合せて、パラレログラムと呼ばれる井桁に組まれたパーツが平行四辺形へと変形することで、車体が傾き左右のタイヤが路面に追従し続けるというわけだ。

『LMW』シリーズの中では際大排気量のナイケンGT。

『LMW』シリーズの中では最大排気量のナイケンGT。前2輪による異常な接地感の強さ、前輪荷重の高さのおかげで路面へ張り付くような安心感があり、おかげでものすごく安定感の高いコーナリング走行が行える。またヤマハのLMWシリーズの中では唯一ギヤ付きのエンジンを搭載したモデルとなっている。筆者はこのナイケンにチェーンを履かせて雪道を走った経験もある

 

『LMW』のここがスゴイ!

その① 『LMW』はスリップダウンが起きにくい

車輪が左右2つあることによる一番の効用は、まずコレだ。通常1輪のフロントタイヤが左右2つになれば、それだけ路面状況の変化の影響を受けにくくなる。例えば、左右どちらかのタイヤが濡れたマンホールなどの滑りやすい路面を踏んでも、片方のタイヤがしっかりとグリップ路面を捉えていればスリップダウンして転倒する可能性は格段に減るというわけだ。

『LMW』が右側の車輪が濡れた鉄板を踏んでグリップ失われたときの映像をCG化したもの。左側の車輪はタイヤがしっかりとたわみ、路面にグリップしているのがわかる。

『LMW』が右側の車輪が濡れた鉄板を踏んでグリップ失われたときの映像をCG化したもの。左側の車輪はタイヤがしっかりとたわみ、路面にグリップしているのがわかる。

 

実際に筆者は雨天時に濡れたマンホールの上に片輪を乗せてコーナリングしてみたこともあるが、前輪がズルッと滑ることはなかった。もちろん内輪、外輪試してみたが、その効果は変わらなかった。また、交差点など砂塵が局所的に溜っている場所があったりするが、こんな状況も『LMW』は得意。滑りやすい砂に乗り上げてもどちからの片輪さえグリップしていれば、いきなりズルッと両輪が滑り流れることがないってワケなのだ。

『LMW』がすごいのは前2輪という特種な機構を採用しているにも関わらず、車体が傾くことで普通の二輪と変わらない操舵感で曲がって行けるところだ。

『LMW』がすごいのは前2輪という特種な機構を採用しているにも関わらず、車体が傾くことで普通の二輪と変わらない操舵感で曲がって行けるところだ。

 

蛇足だが、『LMW』はダートや雪道のような滑りやすい路面も得意だ。以前タンデムスタイルで行なったオフロードテストでは両輪が一度に滑ってしまうような悪路ではフロントが流れるものの、大抵の路面ではどちらか片輪がグリップするので安心して走れることがわかった。

ライダーの大敵である、“よく滑る”濡れたマンホール。『LMW』なら鼻歌を歌いながら通過することができる。

ライダーの大敵である、“よく滑る”濡れたマンホール。『LMW』ならこんな状況も鼻歌を歌いながら通過することができる。

その② 『LMW』はブレーキが強烈に効く

前輪が2つあれば、単純にタイヤが路面と接地する面積が倍に増える。もう、それだけでより路面に踏ん張れるようになり、両輪にブレーキシステムを備えているからより力強いブレーキがかけられるという単純な話。しかも荷重が左右の前輪に分散し、両輪で踏ん張るため、停止の際には車体がものすごく安定する。

実際に走らせてみると、一般的な二輪車より思い切ったブレーキングが可能で制動距離もかなり短く、巨人に掴まれたかのような強烈な制動が可能だ。おそらく物理的にブレーキロックによるスリップも起こしにくいから、とにかく安心してブレーキを握り込めるというわけだ。

強めにブレーキをかけても、フロントタイヤがズルッとすべりだすような感覚がないから、ブレーキレバーを安心して握り込める。しかも制動距離がものすごく短い。

強めにブレーキをかけても、フロントタイヤがズルッとすべりだすような感覚がないから、ブレーキレバーを安心して握り込める。しかも“巨人に掴まれた”と思うくらい制動距離がものすごく短くなる。

 

実際、『LMW』のモデルは普通のオートバイよりもはるかに高いブレーキ性能を持っており、意図的にABSを働かせてやるつもりで思い切りフロントブレーキレバー握り込むような急制動を行っても、ABS作動することがほとんどなく急停止。体感的には一般的なバイクの2倍以上の制動力を持っている印象を受ける。『LMW』なら、咄嗟の時にもブレーキレバーさえ握り込めればしっかり止まることができるというわけだ。

その③ 『LMW』は路面の凹凸の影響を受けにくい

『LMW』には色々優れた特性があるが、これこそが真骨頂である。例えばバイクで路面のギャップを越えるような場合、一番怖いのはタイヤが凹凸に弾かれて車体がフラつくことだ。例えば幹線道路の路面のうねりや路肩付近にできるアスファルトの段差などなど。こんな状況も『LMW』は得意だ。

『LMW』モデルなら左右の車輪が別々に路面のギャップを捉えるため、外乱を受けにくくなる。路面のギャップどころか歩道を横切る場合の段差を通過するような極端な状況でも車体がふらつきにくいと感じる。『LMW』モデルは前2輪が独立して路面追従し、段差もそれぞれ乗り越えるので、進入角度が浅くても前輪が段差で弾かれることが少ないというわけなのだ。

段差に対して、なるべく直角に進入するのがオートバイで段差を越えるときのセオリー。しかし、トリシティなら斜めからのアプローチもラクラク。多少段差があるような場所にも駐輪できるというわけだ。

段差に対して、なるべく直角に進入するのがバイクで段差を越えるときのセオリー。しかし、トリシティなら斜めからのアプローチもラクラク。また多少段差があるような場所でも、片足をあげたまま駐輪できたりする。

右側のタイヤが段差を乗り越えるときは、左側のタイヤがしっかりと路面をグリップ。左側のタイヤが段差を乗り越えるときはすでに右側のタイヤが段差を乗り越えており、しっかりグリップしているので左側のタイヤも簡単に段差を越える。

右側のタイヤが段差を乗り越えるときは、左側のタイヤがしっかりと路面をグリップ。左側のタイヤが段差を乗り越えるときはすでに右側のタイヤが段差を乗り越えており、しっかりグリップしているので左側のタイヤも簡単に段差を越える。

その④ 『LMW』は安定感が高く外乱を受けにくい

前2輪の『LMW』機構を備えたモデル全般に言えることだが、外乱による影響を受けにくい。一般的なバイクに比べて、『LMW』のモデルは横風やトラックなどの追い抜きによる乱流の影響を受けにくく、ふらつきにくい。

前輪が2つあることで路面へのグリップ力が上がっているということはもちろんありそうだが、体感的にはタイヤが回転することで発生するジャイロ効果の影響が大きいように感じた。

ジャイロ効果とは、物体が回転するときに、回転軸を安定させようと発生する力のことで、回転する物体の大きさや重さ、また回転速度によってその効果の強さが決まる。速度を上げると車体が安定するというバイクならではの特性はこのジャイロ効果の影響が大きいワケだが、前2輪の『LMW』モデルはジャイロ効果も倍というわけだ。

横風を受けた場合のCGイメージ。普通の2輪車(スクーター)だと画面右方向に流されてしまっているのがわかる。通常バイクなら風に流されないように逆操舵を加えて耐えるような状況だが、『LMW』機構を備えていれば終始リラックスして走ることができる。

横風を受けた場合のCGイメージ。普通の2輪車(スクーター)だと画面右方向に流されてしまっているのがわかる。通常バイクなら風に流されないように逆操舵を加えて耐えて走るような状況だが、『LMW』機構を備えていれば終始リラックスして走ることができる。

 

その⑤ 『LMW』は二人乗りがしやすい

通常のバイクは二人乗りすると、どうしても後輪側へ荷重が強くかかってしまい、フロントタイヤの接地感が希薄になる傾向にある。ところが前2輪の『LMW』モデルは、フロント側の車輪が2つあるので、もともと車体の前側が重たい。

つまり前輪荷重が大きく、後輪荷重気味の一般的なスクーターに比べて前にしっかりと荷重がかかっている。おかげでよりフロントタイヤを路面に押し付けられ、フロントの接地感がものすごく強くて走りに安定感があるのだ。とくにスクーターなどで2人乗りをすると、どうしても後輪荷重が強くなりがちで、ステアリングに不安定感が出ることもある。『LMW』のモデルならそんな心配はいらないというわけだ。……まぁ、『LMW』 の特性というよりは副産物的な効用だが、走ってみると『LMW』のモデルはどれも二人乗りがしやすく快適と感じるのは確かだ。

LMWの機構があることで、50:50という、非常に安定しやすい前後の重量配分となっているトリシティ。おかげで二人乗りがしやすい。

『LMW』の機構があることで50:50という、非常に安定しやすい前後の重量配分となっているトリシティ。おかげで二人乗りがしやすい。

 

その⑥ 『LMW』はステアリングの動きが自然

ヤマハの『LMW』シリーズ以外にも、前2輪を採用したモデルはピアジオなど他のメーカーにも存在する。だが乗り比べてみるとコーナリングするような場合にヤマハの『LMW』シリーズはものすごく自然な動きをするのに対し、他のモデルはコーナリングの途中でステアリングが重くなったり、やや寝かし込みに重さを感じることが多い。

この差の秘密は、ヤマハの『LMW』シリーズには前述のパラレログラムとテレスコピックサスペンションを組み合わせていることにある。

『LMW』シリーズは、パラレログラムとテレスコピックサスペンションの組み合わせが一般的。

ヤマハの『LMW』シリーズは、パラレログラムと片側2本のテレスコピックサスペンションの組み合わせるのが一般的。

他社はダブルウイッシュボーンを採用することが多い。

他社の前2輪モデルは、サスペンションにダブルウィッシュボーン式やボトムリンク式を採用することが多い。

前2輪が車のようなステアリング構造となっているダブルウイッシュボーン方式。

前2輪がテレスコピックではなく車のようなステアリング構造となっているダブルウイッシュボーン方式。

 

前2輪の構造を持つバイクが旋回しようとすると左右のタイヤに回転差が生まれ、大なり小なり旋回中にハンドリングが重くなるなどの弊害が出る。ところがヤマハの『LMW』シリーズの場合、パラレログラムとテレスコピックサスペンションの組み合わせた構造で車輪が車体と一緒にリーンする。このためトレッド幅由来の弊害が効果的に吸収されフィーリング変化が発生しにくい。また僅かに発生する左右のタイヤの向き由来の違和感に関しても、ヤマハではアッカーマンジオメトリーに則って補正する構造を採用することで極力不自然な挙動が発生しないようにしている。だからヤマハの『LMW』はコーナリングでも走りがスムーズというわけだ。

 

 

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