バイクのインプレッション記事やバイク乗り同士の会話で出てくるバイク専門用語。よく使われる言葉だけど、イマイチよくわからないんだよね…。「そもそもそれって何がどう凄いの? なんでいいの?」…なんてことは今更聞けないし。そんなバイク関連のキーワードをわかりやすく解説.していくこのコーナー。今回は、バイクの『オートマチック変速機構』の第3回目。厳密にはオートマチックではないが、ホンダが実用化したクラッチレバーの操作をせずにバイクが運転できてしまう『e-クラッチ』を詳しく見ていこう。
そもそも『イークラッチ』とは?

『e-クラッチ』を搭載したCB650Rエンジンカットモデル。「エンジン側クラッチレバー(ピニオンシャフト)」を2つのモーターを使って動かすという機構だ。
“運転をより簡単にして多くの人に乗ってもらいたい!”という信念のもと、トルクコンバーター、HFT、DCTとこれまで様々なオートマチック技術に取り組んできたホンダ。完全にバイクをオートマチック化する技術だけでなく、ギヤチェンジ操作を簡略化する“ノークラッチ技術”にも積極的に取り組んでおり、スーパーカブの自動遠心クラッチといった技術を世に送り出してきた。
そんなオートマチック技術にひときわ拘りのあるホンダが2023年に発表した技術が『e-クラッチ』でわかりやすい言葉に置き換えるなら“電子制御クラッチ”とも言える技術だ。一般的なバイクのギヤチェンジは、まず①クラッチをクラッチレバー操作し駆動をカットしてから、②チェンジペダルでギヤを組み替える必要がある。
ところが『e-クラッチ』は、①シフトペダルに付けられたセンサーがギヤチェンジを感知すると、②本来ライダーが手でクラッチレバーを握って行うべきクラッチ操作を電子制御化してバイクが自動で駆動を切り、③ギヤチェンジ後は再びクラッチをつなぐ……ようになっている。

『e-クラッチ』のシステム概要イメージ図。シフトペダルの荷重を感知すると、各センサーからのさまざまな情報をもとにMCUがモーターを駆動させてエンジン側クラッチレバー(ピニオンシャフト)を回し、クラッチに伝わる駆動をカット、ギヤチェンジ後には再びクラッチを繋ぐ。
これにより『e-クラッチ』を搭載したバイクはライダーはシフトペダルを操作するだけでシフトチェンジが完了する。まぁ、難しく考えずに『e-クラッチ』は“クラッチレバーに触ることなくギヤチェンジができる機能”と覚えておけば間違いない。似たような機能にクイックシフターがあるが、こちらの作動は走行中に限られ、しかも回転数などの制限があるのに対し、『e-クラッチ』は走行中はもちろん発進や停止時にもクラッチレバーを操作する必要がない。

シフトチェンジペダルは残っており、ライダーの任意のタイミングでギヤチェンジする必要があるので完全なオートマチック機構ではない。またクラッチレバーを使用して走る余地も残されているため『e-クラッチ』搭載のモデルはAT限定免許では運転することができない。
『e-クラッチ』のなにがすごいの?
①楽でありながら“操る楽しさも”味わえる
運転に疲れた時には煩わしく感じたり、初心者には発進停止の操作が難しかったり、バイクに乗るうえでの大きなハードルである“クラッチ(レバー)操作”。ただ、その一方でこのクラッチ操作はバイクを操るうえでの大きな醍醐味になっていることもまた事実。このクラッチ(レバー)操作を簡略化するのが『e-クラッチ』の目的というわけだが、“①クラッチレバーを使わないイージーライディング”と“②クラッチレバーを使ってのスポーツライディング”の両方が可能というところが『e-クラッチ』の最もすごいところだ。

『e-クラッチ』搭載車にも一般的なバイクと同様にクラッチレバーがある。『e-クラッチ』のシステムが作動中であってもライダーのクラッチレバー操作によるオーバーライドが可能。スポーティな走りをする場合やUターンなど運転がナーバスになるような場面では、いつも通りクラッチレバーを握り込めば『e-クラッチ』のシステムがオフになり、一般的なバイクと同様ライダーの意思でクラッチ操作することが可能になる。
機構の仕組み自体は意外と簡単で、クラッチレバーを操作をエンジンに伝える「エンジン側クラッチレバー(ピニオンシャフト)」の動きを電動化。シフトペダルの動きを感じて自動でクラッチを切ったり、繋いだりしている。
繰り返すようだが、『e-クラッチ』がすごいのはクラッチ操作の自動化する一方で、既存のクラッチレバーを使ってのギヤチェンジも普通に行えるというところだ。『e-クラッチ』のシステムをオンにして走っている最中でも、クラッチレバーを握ればシステムがマニュアルモードへと瞬時に切り替わる。つまり普段はクラッチレバー操作を行わずイージーライディング。咄嗟の際や積極的にスポーツ走行したい場合は、クラッチを握るだけで、MT車の操作感覚に戻るようになっている。
おかげで『e-クラッチ』は、クラッチ操作に不慣れなビギナーはもちろん、ずっとクラッチレバー操作に慣れ親しんできたライダーにも違和感のない機構となっている。
②小排気量車に転用しやすい

『e-クラッチ』が初搭載されたのは、2024年モデルのCB650R/CBR650Rで、『e-クラッチ』付きとなしの価格差は5万5000円。
ホンダの『e-クラッチ』の技術的にすごいところは、既存バイクのエンジンをベースに、クラッチ周りのカバーなどを小変更するだけで『e-クラッチ』が搭載できるところにある。変更を加える部分は、「エンジン側クラッチレバー(ピニオンシャフト)」と「エンジンカバー」くらいで車体からの張り出し具合も少ない。
また『e-クラッチ』の搭載にあたっては高価な電子制御スロットルも必要ないため、ハイエンドな大型バイクだけでなく、電子制御スロットルを装備しないような250ccクラスのモデルにも『e-クラッチ』は搭載可能。

250ccクラスのクルーザー・レブル250シリーズにも2025年から『e-クラッチ』仕様が登場。『e-クラッチ』付きとなしの価格差はやはり5万5000円だ。
③電子制御スロットルがないのに意外と完成度が高い!!
筆者も実際にCB650Rの『e-クラッチ』に試乗してみたことがあるが、これがなかなか興味深かった。特に2速以上のギヤチェンジにおいては、電子制御スロットルを備えたクイックシフターと遜色ない自然な制御レベルに仕上がっている。
ただ異質なのは発進だ。なにせエンジンをかけて『e-クラッチ』作動のインジケーターを確認したら、“クラッチレバーを握らずにチェンジペダルを操作してニュートラルから1速にギヤを入れる”必要がある。長年ギヤ付きのバイクに慣れ親しんできた身としては、このチェンジペダルを踏み込む瞬間が一番緊張した。とはいえ、そんな緊張も2、3回発進すればすっかり慣れてしまうのだが……。

従来のバイク(左)、クイックシフター付きのバイク(中)、『e-クラッチ(右)』の操作概念図。
この手の電子制御クラッチ技術のキモとなるのは、微速前進するような状況。具体的には発進停止時やUターンなどで“どれくらいクラッチ制御を信頼できるか?”である。『e-クラッチ』の発進はというと……スロットルを開ければ、クラッチレバーを操作していないのにも関わらずスルスルと前に進む。しかも、そのクラッチミートもスムーズかつシームレス。その丁寧さに関しては僕のクラッチ操作よりも遥かに上手な印象がある。これならばクラッチミートが苦手な初心者や、レバー操作が煩わしくなってきたベテランライダーに十分オススメできると感じた。
停止に関しても、止まるか止まらないかのギリギリのところでクラッチレバーを握らなくてもエンストせず、スムーズに停止する。そういう技術なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、停止寸前の駆動の切れ具合も自然で、スクーターによくあるCVT機構のような急な駆動切れがないのがいい。

『e-クラッチ』のシステムは非常にコンパクト。シフトセンサーやECU含めても2kgほどの重量増にしかならず、しかも価格は5万5000円増で済むのが魅力だ。
Uターンや坂道発進などさらにテクニカルな走行状況では、電子制御スロットルを使わずによくここまでのシステムを作り上げたと感心させられた。フルロックでのUターンもスタンディングスティルも“慣れれば”可能である。
ただ電子制御スロットルを持つDCTやY-AMTに比べると、『e-クラッチ』は極上低速域の制御でややスムーズさを欠くというのが筆者の正直な感想。DCTやY-AMTの方が安心してクラッチ操作を任せていられる印象を受けた。『e-クラッチ』でこれらのテクニカルな操作を行うと、ちょっとナーバスな状況ではクラッチレバーを握って操作をオーバーライドしたくなる。ただ繰り返すようだが、完成度としては申し分ないレベルに達しており、電子制御スロットルなしでここまでの精度に仕上げているところがすごいと感じた。

『e-クラッチ』導入のために必要となる条件は少ない。電子制御スロットルやクイックシフターなどは必要なく、シフトチェンジをセンシングするセンサー類とMCUをCAN通信で繋ぐだけで、色々な車両に搭載可能。ホンダでは今後も様々な車両の『e-クラッチ』化を進めていくだろう。
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