バイクのインプレッション記事やバイク乗り同士の会話で出てくるバイク専門用語。よく使われる言葉だけど、イマイチよくわからないんだよね…。「そもそもそれって何がどう凄いの? なんでいいの?」…なんてことは今更聞けないし。そんなキーワードをわかりやすく解説していくこのコーナー。今回は、最新の電子制御満載の高性能バイクでよく耳にする『IMU』だ。
そもそも『IMU』とは?
読み方はそのままアイ・エム・ユーで、略さず書くならInertial Measurement Unitとなり、読み方はイナーシャル・メジャーメント・ユニット。日本語にすると、そのまま直訳で慣性計測装置となる。
…っていきなり超難しいねぇ。僕流にスーパーざっくり解説させてもらうと、スマートフォンを傾けたときに縦横画面表示を切り替えるセンサー。アレのスーパーハイグレード版みたいなものがバイクに搭載される6軸IMUだと思ってもらって間違いない。でもってその役割は、人間で言うところの三半規管にあたる。
耳の奥にある三半規管は、言うまでもなく平衡感覚を司る器官だ。人間がふらつかずに歩けるのもこの三半規管のおかげ。そもそもバイクという乗り物は、ライダーがバイクの上でバランスをとりながら走る乗り物。三半規管はもちろん、視覚や触覚などをフル動員してバイクの動きをライダーが感じ取り、それを運転にフィードバックしている。そんな三半規管の代わりとなるような装置をバイクに積んでしまったら何が起きたか? これがとてつもない進化を遂げることになったのである。
似たような装置にリーンアングルセンサーがあるが、こちらが計測できるのは“傾き”のみ。バイクがどのくらいの角度まで寝ているかだけで、どう進んでいるかの加速度のセンシングはしていない。つまり、リーンアングルセンサーでは同じ45°バイクが傾いていた状態だとしても、“コーナリング中で前に進んでいるのか”、“カウンタースライドして斜め前に進んでいるのか”の区別は付けられないというわけだ。
『IMU』のここがスゴイ!
バイクのリアルタイムの動きを完全把握
…あまりピンとこないかもしれないが、これは実はすごいことなのだ。バイクがどういう姿勢で、どの方向へ、どのくらいの速度で進んでいるか? つまり、バイクがどのくらいの速度で直進しているのか? コーナリングしているのか? どのくらいバイクが寝ているか?といったことが正確に把握できれば、そのリアルタイムの走行状況に合わせた電子制御介入が入れられるようになる。
まだピンとこないよね。そこでブレーキのかけすぎによるロックを防ぐABSを例にあげて説明してみよう。IMUを搭載してないバイクのABSは、直線だろうがコーナリング中だろうが通り一辺倒の介入しか行わない。次にリーンアングルセンサーを搭載したバイクは、バイクが直進しているのか? 曲がっているのか?を判断してABSの介入具合を「直線用」と「コーナリング用」で切り替える。
さてIMU付きのバイクのABSはというと…、バイクが直進しているのか? 曲がっているのか?の判断はもちろんだが、なんとその介入具合を速度やバンク角に合わせて変更してくる。“直線だからがっつり介入させましょう!”とか、“コーナリング中でスピードも結構出てるんで介入はこのくらいにしておきますね!”…なんて具合にバイクが勝手に手心を加えてくれるのだ。
さらにIMUは、前後のタイヤの荷重のかかり具合(ピッチングモーション)や、ABSの作動による姿勢変化までセンシングしているのでその制御のきめ細やかさはものすごいことになる。
では、どれくらい緻密な制御を行っているか? ここでちょっとコーナリング中にフロントブレーキをかけたときのバイクの挙動を想像して欲しい。もちろんかけすぎれば、フロントタイヤがロックしてスリップダウン転倒してしまうのは容易に想像できるハズだ。
では次にスリップダウンしない程度に強めブレーキをかけた場合はどうだろう? バイク経験の長いライダーなら、フロントブレーキによって寝ていたマシンがクッと立ち上がるような挙動を起こすことを感じたことはないだろうか? これが実際のコーナリング中に起きると、もともとの走行ラインを維持できず、ラインが外側へとふくらむ事になる。そんなところに運悪く対向車がやってきてしまったら…。もう想像するだけで恐ろしい。
ところがである。IMUを搭載し、コーナリング対応のABSを備えたバイクはそうはならない。BOSCH社ではこの機能をMSC(モーターサイクル・スタビリティ・コントロール)と呼んでいるが、コーナリング中にライダーが咄嗟にがっつりブレーキレバーを握ってもバイクが起き上がってしまわないような制御をするようになっている。
『IMU』で高度化するバイクの電子制御 -モーターサイクルスタビリティコントロール(MSC)-
KTMのアドベンチャーシリーズは2014モデルで、市販車としては初めてIMU(5軸)を採用。IMUとABSが連動してマシンの姿勢を制御するBOSCH社製のMSC(モーターサイクルスタビリティコントロール)という機能を搭載した。プレス関係者向けの試乗会がサーキットで行われたことをいいことに、“本当にそんなことがありうるのか?”と、コーナリング中にブレーキガン握り&ガン踏みしてみた。詳しくは当時のレポートを読んでほしいが、タイヤがロックしてスリップダウン転倒することもなければ、マシンが起き上がってラインが膨らむこともなかった。只々、バイクはバンク角をキープしたまま減速していったのである。
しかも、このIMUがセンシングしたデータを活用する電子制御システムはブレーキ系のABSだけにとどまらない。エンジン出力を制御するトラクションコントロールや、車体姿勢を司る電子制御サスペンションも、“バイクのリアルタイムの状況”を把握してそれに合わせた繊細な制御を入れてくるようになっている。IMUを得たことでバイクの電子制御システムは安全技術の枠を超越し、もはや“アクロバティックなアクションのための技術”として成長しつつある。それらの話も長くなりそうなのでまた別の機会に。